大人になって教師も親も人格者とは限らないと悟るのだ

今でこそすっかりスレッカラシなワタシだけど、10代までは普通に純な子供でした。親や先生の云う事は頭から信用し、大人の云う事を素直に聞いてました。

小学校時の頃の担任の女教師で変な教師がいました。その頃で32,3歳位の、生徒にさりげなく嫌味をよく云うヒステリー気質の女だった。今ならあれがイヤミや悪意ある言葉だったなとわかるけれど、小学生じゃそんなの見抜けない。だからこそ生徒には安心してボソッと毒を吐いていたのだ。

その頃は父兄が学校にクレームする風潮などもあまり無かった時代の頃だから、そんな事も出来たのかもね。

img_4403-800x620


あれは2年生の頃だ。女子児童が数名ワヤワヤ集まってお喋りしてたら、担任の女教師がやって来た。その時手に持っていたのがイラストの表紙のノートだったんだけど、同じようなノートをワタシも持っていた。

「これと同じのワタシも持ってるよ~、でもワタシの持ってる方が色違いでカワイイかも」 小学生のワタシはそんなたわいも無い事を先生に言ったのだが、女教師は機嫌が悪かったのか 「そんな余計なこと言わなくていいよ」とフンといわんばかりの冷たい顔で言い放ったのだった。
多分、その時のワタシの反応は「えっ?・・・」と、困惑してしまったと思う。子供ながらに本能で悪意を感じ取り、それ以来その担任には親しみを感じる事は無かったな。

そんな事があっても気に留めず、毎日の遊びに夢中で忘れてしまい、深く考える事もなかったけれど。
今も覚えてるけど、ちょっとなぁ・・・と思う教師は他にもたくさんいました。


当然だけど、教師も親も人格者とは限らないから、間違った事を言う場合もある。親も教師も大したことない人間なんだということが、色々社会経験を積んでわかってくるんだよね。

にほんブログ村 ライフスタイルブログ おひとりさまへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代 自分らしさへ
Googleさんのお勧めコンテンツはこちら!
スポンサーリンク
スポンサーリンク