自分の心の中だけの畏れる存在

ウチの近隣にいくつかの宗教団体の支部(?)があるせいで、たまに勧誘の人がやって来ます。それで予防線をはって「セールス、勧誘お断り」の札を玄関先に貼っているのですが効果は無い。

一度、エホバの人が来た時、「玄関にこの札張ってるでしょ、見えないの?」と言ったら、「勧誘じゃありませんから」と白々しく言い返されましたよ。たいした度胸です。あのくらい図々しくないと勧誘なんて出来ないのでしょう。

確かに直接、誘いの言葉は出しませんがパンフに書いている内容を一方的に説明し、質問調で尋ね、こちらがつい返事をしてしまうよう仕向けてきますから、なかなかの手練れですよ~。



まぁ、この手の宗教を盲信してる人には何を言っても聞く耳無しですから、喧嘩しても無駄。質問調には返事せずに鬼の形相で帰れ、と言い放ちピシャリとドアを閉める以外に方法はありません。

というわけでワタシは宗教団体には全く興味は無く、気色悪いとさえ思っているのですが、実のところ神様はいると信じてます。人間の叡智なんか越えたものの存在はこの世にあるのではないかしら?と思う。

それに人間が畏れる存在はあった方が良いのではないかなと。それでなけりゃ、悪行をして良心が痛む事も無く、非情な事をしても平気ということになりますからね。



しかし、神を信じる人が団体になると純粋な信仰心なんかどこへやら、結局いつしかカネ目的の宗教ビジネスになってくる。

最初は布教活動費欲しさで信者さんからお布施をお願いしてるのに、いつしか信仰心よりカネ集めが本業となり、結果的にバンバン大きな自社ビルが建設されてるという事実が証拠ですよ。
外房にある幸福の科学のコミューンを見た時、立派すぎて啞然としましたからね。。。

だからこっそり自分の心の中でだけで、畏れるものを持っているのがいいかなと思います。

フォローする

にほんブログ村 ライフスタイルブログ セミリタイア生活へ にほんブログ村 シニア日記ブログ 女性シニアへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 50代の生き方へ
スポンサーリンク