遅かれ早かれ、身の程にあった末路が待ってる

人間、50年以上も生きてると、一人や二人、こいつ許せんと思った輩はいるものです。
マジで殺人罪が適用されなければ抹殺してやりたいと思ったくらい。

ワタシは人間が出来てないので、そういう人達には思いっきり「エイッ、不幸になってしまえ!」と念じます。

それで本当に不幸になったかどうかは見届けてないのですが、もし不幸になってたらザマーミロと留飲が下がってあースッキリよ。

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ネガティブな考えが一番運気を下げる


スピリチュアルでは幸せになるには人に対する憎しみや怒り、恨みの念を失くしていかなければならないという。

自分の心に宿っている怒りや憎しみの思いは、自分自身にネガティブに跳ね返ってきて、自分に不幸を引き寄せてしまうというのだ。

ネガティブな感情はスピリチュアル的にも潜在意識的にも、非常に良くない。汝の敵を愛せよのイエスキリストのように敵を許すなんてワタシには出来ない。



じゃあどうしたらいいの?と考えた結果、その人間を記憶から抹殺して忘れるしかありません。

ここは悔しさをグッとこらえ、自身の幸福のために怒り、憎しみの思いは消してしまうほかない。
憎い相手のために、これから自分の人生に嫌なことが起こったら割に合いませんからねぇ。我が身の為と思い、今後は忘れる努力をします。




というわけで、今後憎らしい相手は自滅すると思う事にしました。
人に毒をまき散らしておいて、自分が無傷で済むわけがない。他人を傷づけた報いは必ず己にかえって来るのだ。

遅かれ早かれ身の程にあった末路が待ってるよ。
結局は、ワタシの邪念が有ろうと無かろうと、本人が招いた結果にしかならないよということです。

 

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