運が良いともいえるけど、それにしてはちょっと出来過ぎかなと思う

最近好きな事は、神社仏閣に行き、ご挨拶とお参りをすることです。とても清々しい気持ちになれるのですよ。

そのせいかどうか、何となく災難から守られてるなぁと感じます。大きな声で云うのは憚らるのですが、いわゆる霊的なものに守って頂いてる気がするのですよね。




今までにソレを感じたのは二十歳の頃の学生の時。でもその時1回きりで、その後は全く霊的なものを感じる事は無かったのです。

考えも無しに行動してることが、実はそれが最善でタイミングが良かったり、結果的に事なきを得ることが多い。
これは運が良いともいえるけど、それにしてはちょっと出来過ぎかなと思う。

ならばもっと前から守護霊様の導きと守りが欲しかったなと思う。
若い頃に加護があれば、不運にも見舞われたり、回り道をすることもなかったのに。あの頃に導きがあれば、もっと楽に人生渡って来れたのにね。

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良心が痛むことはしないようにする

守護霊様というは、この世の欲に振り回されていたり、ネガティブな想念で心に曇りを作っていると手助けしてくれないそうです。

今よりずっと未熟者だった若い頃のワタシは、何もせずに流されているくせに、不平不満だけはいっぱいありました。
これじゃ守護霊様の加護を受けられ無いのも当たり前か。
俗世間の渦中にいれば、心清らかではいられず、ネガティブな感情はなかなか捨てられませんでしたね。



しかし今は、あらゆるストレスが無くなって穏やかで居られるので、努力するとはなしに自然に心を正していられます。それで霊的なものにサポートされているのかもなぁと。


結局は根本には自分の心の問題があり、正していこうとする努力があれば、運命も変わっていくという事か。やはり本人の力が運命を変えていけるのですよ。

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